憧れは師匠・坂東竹三郎

 小学生の頃から、芝居好きの母に連れられ、顔見世を観に行っていました。初めて観たのが「義経千本桜」、四段目「四の切」。狐があちらこちらから現れて、最後は宙乗りで消えて行く。「は〜っ、面白いもんやなぁ」と(笑)。そのうちテレビの歌舞伎放映をチェックし、一人でも観に行くようになって。「歌舞伎ってやっぱりええなぁ」と思う気持ちにただ正直に、上方歌舞伎塾の門を叩いたような気がします。  師匠の坂東竹三郎は塾の講師の一人でした。卒業公演のとき、体調が悪く、立ったり座ったりも困難な中、きちんと着物を着、足袋を履いて1時間以上ずっと舞台袖にいてくれた。その熱い思いに、 小学生の頃から、芝居好きの母に連れられ、顔見世を観に行っていました。初めて観たのが「義経千本桜」、四段目「四の切」。狐があちらこちらから現れて、最後は宙乗りで消えて行く。「は〜っ、面白いもんやなぁ」と(笑)。そのうちテレビの歌舞伎放映をチェックし、一人でも観に行くようになって。「歌舞伎ってやっぱりええなぁ」と思う気持ちにただ正直に、上方歌舞伎塾の門を叩いたような気がします。  師匠の坂東竹三郎は塾の講師の一人でした。卒業公演のとき、体調が悪く、立ったり座ったりも困難な中、きちんと着物を着、足袋を履いて1時間以上ずっと舞台袖にいてくれた。その熱い思いに、この人を師にと決心しました。  師匠は、お客様が思わず身を乗り出して見入ってしまう、そんな役者です。たとえば「仮名手本忠臣蔵」の「おかる勘平」。身売りされるおかるの母役の「髪は切っても伸びるもの、指など切ってたもんなや」という台詞では、私らも鳥肌が立つほどです。いつか師匠のような、情の濃い芝居ができるようになりたい。今、大きな大きな背中を追いかけています。

 

上方歌舞伎をしっかり受け継ぎたい

 かつて大阪での歌舞伎は下火で、ホームグランドであった中座でさえ芝居が開かない時代が続いたそうです。当時を知る師匠を始め大先輩方の、上方歌舞伎を守り発展させるという思いを、私もしっかり引き継ぎたいと考えています。  その関西の歌舞伎は和事といい、関東の荒事と比べて柔らかいものが多いんですね。私は、上方の匂いのする役者になりたいと思っています。例えば荒事を演じても、「やっぱり関西の役者やなぁ」と感じてもらえるような。1年の大半は全国を飛び回っていますが、これからも宇治に住み、関西の空気を身にまとっていたいです。  歌舞伎は世界無形遺産に選定されています。敷居の高いイメージをお持ちの方もあるかもしれませんが、歌舞伎鑑賞教室や若手の勉強会など、気軽に観ていただける機会もあります。また顔見世などではイヤホンガイドを利用していただければ、内容がとてもよくわかりますよ。ぜひ機会を見つけて、劇場へ足を運んで下さい。

 

ばんどう たけあき
本名・柴原永太朗。昭和61年宇治市生まれ。平成15年、松竹上方歌舞伎塾3期生を終了し、坂東竹三郎に入門。同じ年の12月、京都南座での顔見世「華果西遊記」にて初舞台。今年も11月30日〜12月26日の「吉例顔見世興行」出演する。来年1月2日〜26日「初春大歌舞伎 仮名手本忠臣蔵」(大阪松竹座)出演。

 


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